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そういう能力を持った道

 

(22:00)

隘路というほど通行が困難なわけではないのだけれど、住んでいるアパートの前の道が細い。軽自動車が通行を試みる際には、サイドミラーを機嫌の良い犬のようにぺたんと畳まなければちょっと冷や冷やしてしまうレベルの細さ。運転手の機嫌とルームミラーの機嫌の良い「ぺたん」具合が反比例する道なのである。

そういうわけで、車が停まっていると横を通り抜けることも難しい。外出自粛が叫ばれる世でも人は物を食わなければやっていけないし、こっちのスーパーより向こうのスーパーの納豆の方が20円も安いとなれば大腿筋も一丸となってえんやこらと遠方のスーパーまでペダルを漕ぐというもの。

「納豆はおひとり様1パックまで」というなんの法的根拠もない理不尽なスーパーの要求に血涙を流しつつも、レジ台に寝転がって赤子返りすることだけは耐え忍んだ帰路、家の前の通りに一台の軽自動車が停まっていた。

この車の横を抜けなくては自分の家に辿り着かないわけであるが、先述の通り、とてもではないが自転車が通ることのできる幅は残されていない。

どうしたものかしらと納豆一パックとその他が無秩序に詰め込まれたレジ袋を手に悩んでいると、車の運転手らしき男性が窓から顔を出す。「あー! いや、本当に、すみません……」と申し訳なさそうな声音で謝られる。どうやら人を待っている様子。

この車の横を通り抜けるのが最短と言えど、回り道ができないわけでもない。そもそもここでこの運転手を「今すぐ俺の目の前からこのポンコツと一緒に消え失せろ」と痛罵し、意地でも最短ルートを通り抜けるような人生を送るつもりであれば、大学は商学か経済学を学んでいただろうし、新卒で入った会社を一年半で辞めたりはしていない。回り道が楽しめる性分だからこそ、ここまで生きてこられたのである。それに、この運転手は過剰なほど腰が低い。本当に申し訳ないと思っているのであろう。

「大丈夫です、お気になさらず」と、「回り道を楽しむことができる人の声音」を演出し、Uターンする。本当は一秒でも早く家に帰りたかった。鬱憤を晴らすかのようにスーパーで大量に食材を購入してしまったせいで、袋が自転車のカゴにまるで収まらず、仕方なしに手で食材を運んでいたのである。袋の持ち手が深く食い込んだ指は青黒く変じ、あと五分もすればミンティアの特にスースーするやつの容器と同じくらい深い藍色になってしまうのではないかと思われた。

ミンティアの特にスースーするやつ
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なんとか指先の限界を迎える前に路地を曲がり、曲がり、曲がり、住居がある通りに入らんとしたその瞬間、レジ袋を持っていない右手が動物的本能を発揮しブレーキを強く握った。路地から車が飛び出してきたのである。意味をなさない、危険を察知した時にしか出ない声がわずかに喉から漏れる。急ブレーキでレジ袋が慣性の法則に従い、大きく揺れ、指に深刻なダメージを与えた。

危ねえな、と思って車を見ると、まさに行く手を阻んでいたあの車だった。俺のことを回り道させた上に轢き殺すつもりか貴様。思わず運転席に座っているであろうあの男……先ほど慇懃に謝ってきたあの男のことを見る。

その日は暑い日だったから、車の窓を開けているのは十分理解できた。先ほどまでは「本当にすみません」と低姿勢で謝っていた男は、運転席の窓を開け放ち、一歩間違えれば跳ね飛ばしていた、糧の重みで指先がはち切れそうな男の顔を一瞥した。

そして、あろうことか舌打ちしたのである。

エッッッ待って待ってお前が道を塞いでたから俺が回り道してあげたんだよね? あんなに謝ってたじゃん、自分が悪いってことはなんとなくお前も分かってるってことじゃん? 一時停止無視して急に飛び出してきてなんで舌打ちできるの? 道徳の授業受けたのかお前? 

乾いた舌打ちが頭の中に反響した。家に着き、冷蔵庫に食材を詰めながらエコーがかった「チッ」の音がリフレインし精神を苛んだ。イーーッ!ってなった。腹が立った。居ても立ってもいられず、ウインナーを大量にレンジで温めた。温める時間を見誤ったのか、ぐにぐにした食感の最低ウインナーをたくさん生み出してしまい、またイーーッ!となった。全部食べた。

ウインナーは最低であろうが最高であろうが満腹中枢を刺激する。血糖値が爆上がりした身体で、先ほどの惨禍を思い返した。あんなことが起こりうるのか? 善意がこんなに惨たらしく踏みにじられることが有っていいのか? そう考えている時に天啓が訪れる。あの道がそういう能力を持った道だったらどうしよう。

ジョジョの奇妙な冒険』の中に、「特殊な特性を持つ道」が出てくる。一つは第4部の「振り向いてはならない小道」。登場人物曰く「この世とあの世の通り道」で、その路地で振り向いたが最後、おびただしい量の手が現れてあの世に連れて行かれてしまう能力を持った道である。作中ではこの道の特性を活かして敵スタンドを追っ払ったり、復讐を果たしたりする。

それから、ジョジョリオンには「カツアゲロード」という道も登場する。この道に落ちている無数の葉を踏むと、踏んだ対象は気づかないくらい高速で直線移動させられてしまうのである。この能力を悪用する住人や不良らに金品を奪われるのでこのような不穏な名前で呼ばれている。

これらの道のように、家の前の通りも特殊な能力を持っているのではないかしら、と思い至った。つまり、この通りは後ろから来た者に対して低姿勢で、前から来た者に対して高圧的に振る舞わせてしまう能力を持った道なのではないか、と考えたのである。

そう考えれば合点が行く。運転手もそう「振る舞わさせられていた」だけだ。ならば仕方がない。この道の能力に気づいているのが自分だけなのであれば、今後、様々な利用方法も考えられるだろう。まだ何も思いつかないが、いつか訪れる閃きにかけようと思う。

あと色んな人の手でべたべた触られた百円玉のような濁った色をしたタントに乗っていた運転手のことは絶対に許さない。誰も巻き込まず一人で速度標識とかに突っ込んで無駄なお金を払ってほしい。(22:40)

(※試験的にnoteにも全く同じ文章を載せています)